『わたしのスキなもの』

綺麗なものは好きだ。


料理はもちろん味を楽しむものだが、見た目の美しさも重要だ。まず目で楽しませて食欲をそそらせる料理こそが、一流といえると思う。そして、菓子の類いは――惣菜類と違って、見た目が何より重視される食べ物だ。
見ているだけで綺麗で可愛くって、食べてみたいと思わせるもの。食べるのが勿体無くなるくらいの甘いお菓子。
男達が過敏に反応するこの季節、女性達がお菓子を買いに走る理由の中には、可愛らしいものを手にしたいという想いが潜む気がする。そうじゃなきゃ、野郎に渡すモノにあんな可愛らしい商品が氾濫するとは思えない。
買い手である女性が、思わず欲しくなってしまうような品物。
最近じゃ、女友達や自分のために買う女性も多いらしい。
あまたの菓子業者が、この時期ばかりはこぞってチョコレート製作に奔走する。
過剰包装も何のその、あの手この手で可愛らしさや美しさを競い合い、少しでも女性の目を惹こうとするあまり、贈り主が誰なのか見失いかけてる気がするこの時期が、俺は別に嫌いじゃない。
そりゃ、貰う側としては複雑ではあるんだが、料理好きとしては嫌いな空気ではない。甘い菓子はそれだけで、お手軽にしあわせ気分を味あわせてくれるから。


ガリガリと板チョコを削っていく。
口に入れれば甘く蕩けるチョコレートも、細かく削るのは意外と骨が折れる。
鍋や温度計を用意して、板状だったチョコレートを湯煎で溶かしていく訳だが、ここが一番気を遣う。
60度程に熱した湯をボールに入れて、そこに浸けた鍋の中でチョコレートを蕩かしていく。
ここで温度を誤ると、油脂が分離して白い結晶が浮かんできたりして、見た目はおかしくなるし味も一気に悪くなる。それを防ぐため、氷水を用意しておいて熱くなりすぎる前にチョコレートを冷やすのだが、当然ながら冷やし過ぎると再び固まって、何のために暖めていたのか不明になってしまう。
美味しく食べるためには、金よりも手間がかかるのが料理というものだ。
勿論、上質な材料は高価なので、金も比例してかかってくるのだが。
時間を惜しまなければ、それなりの味は作れる。こういうのも貧乏暇なしというんだろうか。
どこまでも貧しさが苦労の原因になるのだと思うと、鍋をかき回しながらも視線が遠くなる。
そもそも店頭に溢れる豊富な材料に心惹かれ、勢いに任せて手作りチョコの製作なんかを始めてみても、行き着く胃袋は誰のものになるのか。
考えてみると、考えたくもない相手しか思いつかない。
自分で食べるという手もあるが……野郎に食われるのと、どちらが哀しいものか。それこそ勢いのままに大量に作りかけている可憐な菓子を眺めて、完成前からつい溜息が洩れた。
そういえば昨年は、事務所に道具を持ち込んだのだった。そして案の定、あの男に見つかって乱闘になり――かけたところで、呆気なく出来上がりを奪われてしまった。腐るほどくれるだろう女達からは、面倒がってひとつも受け取らなかったらしいのに、目の前で甘い匂いを嗅ぐと我慢できなくなったらしい。
それにしたって、ジヴに渡す分は残ったから別に良いとか思っていたが、あんなにたくさん菓子を作った去年の俺は、余りをどうするつもりだったのか。
他ならぬ己の行動に、微妙に整合性が無いことに気付いて苦い笑みが浮かぶ。女からだけなんてズルいと拗ねるジヴを宥めるなんて容易かったはずなのに、わざわざ大量に材料を買い込んで。ダイエット中だからと言い訳して糖度は控えめに、彼女の好みより少し苦い菓子を作り上げた。
そして、彼女がもういない今年も同じように食べきれぬほどに材料を買い込んで、自宅にこもっているのは何故なのだろう。あげる宛てもない菓子を孤独に作るなんて空しすぎる。それなのに、俺は何をやっているんだ?
――ああ、本当はわかっている。
恋しても愛してもいないけれど、いつだって特別な位置を占めていた男の面影が消えてくれない。否、最初から消すつもりなんて無いんだ。あいつがいる限り、俺は独りにはならない。作りすぎて食べてくれる人のいない食料なんて、ありえないんだから。
もう少ししたら、玄関が勝手に開くだろう。そして幾重にも巡らせた咒式錠の全てを解除することを可能とするたった一人が、当然の顔をしながら手ぶらで現れるのだ。やってくる道々で手渡そうと待ち伏せていた数多の存在に目もくれず。


綺麗なものは好きだ。
アレがとても綺麗なことだけは、否定する気はない。

とても綺麗なアレは、他のどんなものより甘くはない。
綺麗なイキモノが好きだけど、キレイなモノに好かれる方法はわからない。

それでも、綺麗なものが、好き。

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48:ホワイトデーだけどバレンタイン(汗)(07/03/14) 080408改稿。

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