ずっと


 地面に倒れこみ、荒くなった呼吸を整える。エリダナ郊外で朝から晩までシゴかれていたので、体力は限界に近い。ちなみに、本日も清々しいほどギギナには敵いませんでした。
 ぼんやりと見上げた空は藍色に染まり、郊外ならではの美しい星空が広がっている。満天の星々など、灯火の多い市街地ではまず見られないものだ。
 ふと今日という日がいつであるかに思い至る。
 以前、東方出身の知人に聞いた御伽噺。何処か哀しく切なくも甘い、他愛ない恋物語。
「今日は七夕か……晴れて良かった」
「何のことだ?」
 闇の帳に閉ざされてわかりにくいが、不思議そうな顔をしてるんだろう。怪訝な声で尋ねてくる男の方を、しみじみと眺める。
 一応ではあるのだが、奴と認識が同じかは激しく疑問だが、ギギナと俺とは相棒以上の関係であって、ひょっとすると恋人……未満くらいは主張できる、ような気もしないでもない。しかし、もしも、あぁもしもだが。
「ギギナと年に一度しか会わずに済んだら、もっと人生楽しいだろうなあ」
「……何の話だ」
 微妙に声が低くなる。また訳のわからんことを言い出したと思ってるな。互いの思考が理解できないのは、お互い様だと思うぞ。
「どうして不機嫌になってるのかな、ギギナさん。そんなに俺と離れ離れになりたくないの、か……っ!」
 例によって最後まで口に出す前に、ネレトーが銀光を放ちながら回転したので場所を移動。躊躇なく振り下ろされた屠竜刀をおとなしく眺めていたら、うっかりと斬首されていたところだ。
「―――それで」
「え、それでって……七夕のことか?」
 さっさと話せと無言の圧力。何が気になるのか話を流すつもりナシの男に、仕方なく東方の祭を説明してやる。
 曰く、愛に溺れて仕事をサボってたのを咎められた夫婦が、天の川を隔てて離れ離れにされ、一年に一度だけ晴れていれば再会できる日であると。うん間違ってない、よな。
「それで、紙キレに願い事を書くとお星様が叶えてくれるとか……」
「くだらんな」
「……言うと思った」
 奴にこの手の男女の悲哀とか情緒とかいったネタが通じるとは思えない。ある女に会えなくなっても全く気にせず他の女に手を出して、一年後には顔も忘れているだろう。ここで素直に納得できる辺りが、俺達の関係を表している。や、だから情人未満くらいってとこで。まあ俺の説明が悪かったってのはさておき。
「自分のものと会う権利を奪われた話が、どうしてロマンチックなのだ?」
「……いやまあ主題はそういう点に無いっていうか」
「仕事に失敗して女を奪われた男の何処に憧れる」
 済みません、そんなに説明が足りなかったでしょうか。もはや別の話に聞こえるよ……
 うん、まあね。お前にはわからない世界だよな。たった一人を、そのひとじゃなければ駄目だと待ち続けるなんて。年に一度の逢瀬をひたすら待ち焦がれる切なさも、それすら雨に阻まれて叶わなかった年の悲しみも、お前にはわからないだろう。
 糞ドラッケンからすれば、微かな希望を糧にして健気に待ち続ける夫婦は、愚か者に思えるのかもしれないが。待っていれば必ず会えるなら、相手もそれだけ自分を思ってくれているなら、そう信じられるなら――待つことすらも、幸せに繋がるんじゃないだろうか。
 説話への感想にすら、惰弱で未練がましい性格が露呈したと気付く。つい苦笑した俺に、ギギナは複雑な表情を向けた。妙に緊張しているような、珍しい顔に首を傾げてしまう。
 まるで、俺を初めて『誘った』ときのような。
 柄でもない、躊躇いがちな眼差し。
「――もしも貴様と、本当に、年に一度しか会えなくなったら」
「それはさすがに仕事が滞って困るな」
「……他に言うべきことはないのか」
 ほんっとうに年に一度しか会えなくなかったら困るので即答してやったのに、男は俺の返事が不満だったらしい。
「その頻度でしか会えないなら、組んでるとは言えないし」
「本当に会いたいなら、泳いででも河を渡ればいい」
「無茶をいうなよ。渡れないって設定なんだし。そういや、お前だって泳げないんじゃなかったっけ~?」
 にやにや笑いながら、水に浮かない驚異の身体の持ち主を揶揄する。実際にからかいたいのは、強すぎる奴の精神自体なんだけど。
「俺が河の向こうで助けを求めても、溺れるから無理! って言われるんだろ」
「飛べばいい。それも無理なら川底を歩いてでもたどり着いてやる」
「だから、そういう話じゃないんだって……」
 はは、と乾いた笑いを浮かべれば、ふっとギギナが微笑む。
 相変わらずの美貌は、闇の中でも視線を奪う。それだけじゃなく、心までも。
「私は優しいから、泣き言を叫ぶ哀れな飼育動物を見捨てたりはしない」
 私の飼育動物は、独りを嫌がるからな。
 毎日、会って構ってやらねばならん。
 にやりと笑いながらの言葉に、不本意にも顔に熱が集まってくる。
「……馬鹿なことを言うな。とうとう腐った脳が耳から零れ始めたのか」
 夜の闇の中では頬を染めていてもわからないはず。そう思いつつも、フンとばかりにそっぽを向いた。

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27:最後は七夕祭で。ちょっとらぶらぶに……とか思ってたはずが、やはりこんなもの。そして、実はもう8日ですよ。(06/07/06) 去年の連続更新祭の最後、だったはず。あの頃は……連日睡眠足りなかった……070520改稿

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