そこは夕暮れの荒野のようであり、薄暗い街中のようにも思えた。
何処かはわからぬ場所で、ギギナの視線を捕らえたのは見慣れた赤い色だ。
ほんの少し歩み寄れば手が届く位置で、ガユスは背を向けて立っていた。
すぐ傍にいるギギナに気付いている様子は無い。あの鈍い男は気配を殺していない相棒さえも感知できないのか。だからこの愛玩動物を放ってはおけないのだ。独りにすると、すぐに襲われて死にかける。眼を離すと危なくて仕方ない。
あと数歩のところまで来て、「ガユス」と呼びかけようとした時になって、ギギナは彼の前に誰かが立っているのに気がついた。
それ、は輪郭が曖昧で定まらず、一人にも複数にも見えた。訝しく思ったギギナが凝視しても、その正体を見定めることが出来ない。
ただ、女だというのはわかった。
平均より身長が高いガユスよりも小柄で線が細い。ギギナが知っている女にも見えたし、知らない女にも思えた。幼女のように無邪気な顔をして、妖艶な美女のように蠱惑的だった。
そして、彼女達は微笑んでガユスに宣告する。
『お前が現れなければよかった。そうすれば、悲劇は起こらなかったのに』
その言葉を聞いたガユスは。
苦しげに悲しげに、笑った。そのまま消えていってしまいそうな、儚い微笑み。
そんな顔をさせたくなくて、思わず手を伸ばす。
全てがガユスの罪ではない。彼が居たから悲劇が起こったのではない。彼が居なければ他の誰かが演者を代わっただけだ。ガユスが意図して彼女を(彼女達を)害したのではないのに。むしろ彼は、彼女達を守りたいと願っていたのに。
手を差し伸べて腕の中に庇い、強く抱きしめて全てから守ってやりたいと、そう思った。
断罪の言葉はあまりに鋭く、相棒の脆い心を砕いてしまうのではないかと恐れた。
指先が触れる前に赤い髪が揺れ、振り返った藍色の瞳が正面からギギナの顔を映し出す。その透徹と眼差しは罪人を裁く無垢なる愚者のようにギギナの心をもえぐった。其処には真実しか宿ってはいなかったから。
『お前が現れなければよかった。そうすれば、悲劇は起こらなかったのに』
苦痛に耐えた哀しい笑顔のままで、ガユスの唇が女達と同じ言葉を綴った――ギギナへと向けて。
そうだ、ギギナが現れなければよかったのだ。あの日あの夜、エリダナの暗がりでガユスを踏みつけて立ち去っていれば、今のガユスはいなかった。彼はあのまま死んでいたかもしれないが、もっと優しい手に拾われて、生ぬるく穏やかな日常を謳歌していたかもしれない。
ギギナがいなければ、ガユスがこれほど苦しむことはなかった。
少なくとも、今と同じ苦しみを味わいはしなかった。
『お前が現れなければよかった。そうすれば、悲劇は起こらなかったのに』
どこまでも残酷な真実の言葉が、二人の心を貫いていく。
その断罪から逃れる術はなく、救いの手は何処からも差し伸べられはしない。
何故ならばその言葉は、万人が受け入れざるをえぬ真実なのだから。
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04悪いのは誰だという訳でもなく。070512改稿