欲しいといえない


 やりたいなら街をうろついてくればいい。そうすりゃ女の方から幾らでも寄ってくるだろう。
 そう言ってやれば、本気で殺気のこもる視線が向けられた。
 いつも澄ました顔をしているギギナが焦れているのが面白くって、からかう素振りを繰り返す。何を求めているのか、何を欲しがっているのかなんてわからない。そんなこと、知らないよ。

 いや違う。知りたくない。

 気まぐれな誘惑は、応えてしまえばそれで終わりだ。
 一度でも味を知ってしまえば、文字通り気まぐれでしかなかったと悟るだろう。執着する価値など無いシロモノだと。
 それは、何だか嫌な気分だ。
 別に奴に情や未練がある訳じゃない。苛々と凝視されるのも面倒だし、一度で気が済むなら相手してやればいいかと思うこともある。じゃれあいの延長、犬に噛まれたようなものだと、流してしまえばいい。常習的に殺意をかきたててくれる、どうしようもない男でも、相棒としては認めているのだから。
 けど道具扱いされるのもムカつくし、そんな関係を持ってしまった後、何でもない顔をしつづけられるかは疑問なのだ。

 俺達は互いに幸せの残滓を手放せないから、奴の気まぐれもその延長なのだろう。
 この関係を崩さぬのが前提であるならば、気にしなければいい。
 奴の酔狂に付き合って、貸しひとつだと笑ってやればいい。
 罵声を浴びせ、嬌声を聞かせ、足を開いて。
 望んでいたのはこんなつまらないことだったのかと、実証して教えてやればいいのに。

 いや違う。だからこそ。

 気まぐれな誘惑は、応えてしまえばそれで終わりだ。
 一度教えてしまえば、酔狂な男も一度で充分だと悟るだろう。
 それが――とても嫌だ。

 だから、俺から欲しいとはいえない。
 どんなに手を伸ばしてしまいたくても。
 俺からは奴へと近付かない。

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21:断片なんだか短編なんだか不明なものが、いつのまにかいっぱい。
互いの間合いを測りかねる。過ちは取り返しがつかぬ可能性を知っているから。(06/06/29)070520改稿。

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