森の中で乱戦を行う内に、いつの間にかギギナと離れてしまっていた。
気がつくと〈異貌のものども〉は姿を消していて、残されたのは幾つかの死骸と、俺の身体の大きな穴。
戦闘時の緊張が解けるにつれて、激しい脱力感と寒気に襲われる。あまり痛みを感じないので、これはマズいなと他人事のように思った。気休めのように増血咒式を施すものの、目に見えてゴボゴボ噴き出していく血は、増やすよりも多量だと思われる。
まだ昼間なのに、何故か視界が暗くなってきている。身体がいうことをきかず、ずるずると大木の根元に座り込んだ。まだ敵が残っている可能性もあるが、立っていられない。
やがて視界の片隅で何かが動いた時、俺は思わず笑みを浮かべた。敵の残党という可能性もあったが、危機感は微塵も湧き上がってこない。だって、あれは。
「……よくここがわかったな」
「貴様の酒臭い血がにおったからな」
酷く穏やかな気分に浸りながら眼をつぶり、繁みをかき分けて近付いてくる気配に声をかける。たとえば瞼を閉じていても、それが誰なのか疑う余地はない。かすむ瞳にも鮮やかに映る銀色を、見間違えたりしない。
「俺が死んだら独りで事務所を維持するなんて無茶は潔く諦めて、警察に犬として拾ってもらえ。警察犬並みに扱ってもらえば食と住には困らないぞ。衣服は警察が用意するものじゃ、露出が低くてお前には満足できないかもしれないが……って」
「黙っていろ。呼吸する度に貧相な軟弱者を主人に持った哀れなヘモグロビンが、貴様の不甲斐なさに絶望して地面へ亡命を図っているだろうが」
「あ~うるさいうるさいうるさい。後衛の存在すら忘れて嬉々として突出するような莫迦は、一度相棒を失ってその有りがたみを知れ」
ぐらぐらする意識を必死に留めている相棒への気遣いが無い戦闘狂に忠告。けれどそれすらも平常の延長の戯言である……はずだったのに。
「失ってからでは、遅いだろう」
ぼそりと呟かれたのは意外な言葉だった。驚いてぱちりと瞬けば、飛び込んできたギギナの表情は。きゅっと眉間に皺を寄せた切なげな顔――に見えなくもない。
「……何を言ってるんだ、お前は」
そういうのは、反則だ。
睨み付けて、発言を無かったことにしろと無言の圧力。見返してきたギギナは、小さく嘆息すると治癒咒式を紡ぎ続ける。
ギギナの過保護な行動は、もはや癖になっているのだろう。
奴はいつまでも出会った頃の俺を忘れない。
対等に戦う力のある相棒ではなく、背後から必死に追いかけてくる者。後衛として多少なら役に立つ、いないよりマシな程度の存在。もしくは黄金時代の残り滓。事務処理や仕事の確保といった日常雑務にこき使うために一緒にいるだけで、戦闘時においては足手まといの邪魔者扱いなのだ。
確かにギギナから見れば、俺の近接戦闘能力なんて素人より上というレベルなのかもしれない。それでも俺まで失いたくないという、どこか本能にも近い部分に刻まれた想いが奴を動かし、俺を庇わせているのだ。取り返しがつかぬ程に壊れてしまわないように。
ただそれだけ。
俺自身に価値を見出してるんじゃない。
そうわかっているのに、柄にもない心配そうな顔を垣間見たりすると、大切に思われていると錯覚しそうになる。
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17:死にかけガユス。血が巡ってないせいで、鈍さ倍増。何だか可哀想なのは、ガユスかギギナか。(06/06/23)というかしっかりしようよ十三階梯! 070520改稿