コトのきっかけが何だったのかは、未だによくわからない。
あれは俺達が仕事で郊外に出かけて、懐事情の関係から宿で同室に泊まった晩のことだった。
独り部屋をふたつ取るより二人部屋ひとつの方が安い。そんな当たり前の図式を確認する羽目に陥ったのは、相変わらずギギナの無駄遣いが原因な訳で、奴に相部屋を拒否する権利はなし。ギギナと同室というのは気が進まないが、かといってヴァンで車内泊も空しいというか同部屋より更に距離は近くなるので仕方なかった。
エリダナに帰ることも考えたが、咒力を消耗しきった上での長距離運転は遠慮したかった。たとえ事故ってもギギナは無事だろうけど、俺とヴァンは大惨事だ。懐はいかにも淋しかったし、下手をすると女を漁りに出て一晩無人の部屋の代金を払う余裕はない。というか奴が自費で女漁りに出かけてくれれば、俺は独りで部屋を独占できる。あまり激しくもない戦闘後のギギナは熱を持て余している様子だったので、我慢できずに発散場所を求めて彷徨い出る可能性は高いだろう。
仕事自体はその日の間に決着しており、後はエリダナに帰って報告と報酬を受け取るという、ある意味では最も緊迫する瞬間が待つ状況。それでも実際の肉体的危険は去っているから、俺としては気は楽だった。
部屋に入るなり目に飛び込んで来たのは、寝心地の良くなさそうな寝台だった。
清潔ではあるようだが、硬そうなマットは値段相応のものだ。
ベッドフレームはヘッド部分が柵状になっていて、不意にジヴと楽しんだプレイが脳裏に過ぎった。我ながら腐った発想だが、手錠とか紐とかを使うなら非常に都合良さそうな柵だなあと……思った俺自身が数時間後に緊縛プレイを実践することになろうとは、その時点では思ってもみなかったが。しかも、束縛される側でなんて。
「―――ガユス」
そして、ハジマリを告げたのは奴の呼びかけだった。
妙に感情の抑えられた低い声が耳に届き、概ね平穏に終わった仕事にそこまで鬱屈が堪っているのかと溜息を吐きそうになる。戦闘で発散できなかった行き場の無い衝動がもやもやと残っているギギナは、ピリピリしていてやたら空気が緊迫している。さっさと女でも買いに行かせないと危険だ。一応は本気じゃないはずのじゃれあいが、うっかりと死に繋がるのはこんな日だと思う。いっそ俺が酒場にでも繰り出すべきか。しかし前衛のような体力オバケでない身としては、今晩はゆっくりと休みたい。宿を取ったのも半分以上は休息を求めてのことだ。明日は、エリダナまで独りでヴァンを運転せねばならぬのだから。
「何だよ、金がない以上同室なのは仕方ないが、鬱陶しく俺に絡まずに何処へでも出ていけ。お前ならタダでも何とかなるだろ」
割と非道なことを言い放ち、ごろんと寝台に寝転がる。スプリングの効きはイマイチでも寝るのに不足というほどでもなく、疲労の溜まった身体は寝心地にこだわるほど繊細ではない。
しかし、大型単車レベルの重量が上から圧し掛かってくるとなれば、話は別だった。
「な、に考えてやがる、どけよっ!」
こんな重石を抱きしめながら熟睡出来る奴がいたら、それはマゾだ。というか人類ではありえない。これでも加重を加減しているはずな訳で、本気で全体重で圧し掛かられたら潰れてしまう。
俺は立派に人類なので、というか寝台の上でギギナに乗っかられる体勢なんて、想像したくもありません。よって実践はもっとしたくない!
「寝台の上で考えることなどひとつしかあるまい」
「……………………はああ!?」
手際よくシャツを剥いでいく男の目的は、相手の性癖をよく知るからこそ意外であり、納得できるような気もする。
女好き――というと語弊があるだろうが、絶倫漁色王が娼館も無い辺境で数日を過ごした挙句、退屈な戦闘で鬱屈したモノの吐き出し先を求めた経緯はわかる。しかし、そこで相手に自分を選ぶ心理は理解しがたかった。
「ギ……ギナ、冗談はほどほどにしとけ。俺は疲れて眠いんだ」
「別に貴様に奉仕しろとは言っていない」
上手いとも思えないしな、と言い放つ顔はつまらなそうで、どちらかといえば嫌々に見えるのに手の動きが何か大切なものを裏切っている。
「おまえ……そのかわいそうな頭を一度〈異貌のものども〉にでもカチ割ってもらった方がいいと思うぞ」
心底哀れんで善後策を薦めてやったのに、いつの間にかすっかり剥かれた俺の体をまじまじと眺めていた男は、にやりと男臭く笑ってみせた。その顔にちょっと心拍数が上がったのは、俺が面くいな所為ではなく虫の知らせが原因だ。嫌な予感がしただけで、顔が熱くなったのも気のせいに違いない。
「貴様こそ、貧弱な身体のかわいそうさときたら、さすがいつも〈異貌のものども〉に愛されるだけはある」
「……うるさいっ!」
「なに、気にするな。最初から上質な抱き心地など期待していない」
人を勝手に組み敷きながらひたすら失礼な男は、俺の必死の抵抗をものともせずに手首を捕らえてベッドフレームにくくりつけ、両足を抱え上げて肩に乗せる。あっという間にあられもない姿を取らされて、少しだけ熱くなっていた身体から一気に血の気が引いた。ひょっとして奴はまじだ。これは洒落にならない。
「文句があるなら離せ………んんーっ!!」
最後まで自由な口先を使って抵抗するが、それすらあっさりと封じられてしまう―――くちびるで。
生まれて初めて一方的に貪られるキスを味わいながら、泣きたくなった。
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41:冬コミの新刊のために書き出した緊縛プレイ18禁…になるはずだったもの。
全部ボツった部分が切ないのでこちらに。完成版は別の話に成り果てました……(07/01/04)080408改稿