28:無題

 事務所の仮眠室にガユスを連れ込むのは、特に珍しい事態ではない。
 大抵は就業時間の後に、気が向けば明るい内からでも、ギギナを誘惑しておきながら「そんなことはしていない」と主張する青年を可愛がっている。
 相棒との行為はコミュニケーションの一環であり、時に飼い主を忘れて自縄自縛に陥る飼育動物を慰撫するためでもある。そして当然、繋がりあって好意を確認しあう意味があり、単純に快楽を分け合う行為でもある。
 互いを貪りあい、昇りつめた直後だけは、ガユスも酷く幸せそうな顔をしている。
 快楽に酔いしれた表情は、扇情的であるのに幼く無防備に見えて、もっと甘やかしてみたくなる。そうやって安らぎを与えれば、日頃は憎まれ口ばかり叩く青年も、腕の中で穏やかに眠るのではないかと思う。神経質なイキモノが、満ち足りて休む姿を見ていたいと願ってやまない。
 行為が終わるとガユスは、余韻を楽しむ間も無しに寝台から去って行く。それがギギナには不満だった。
 満足しただろうと彼は嘯くが、躯だけが欲しいのではない。その身体に欲情する事実を隠すつもりはないが、事後にただ身を寄せ合って眠るような他愛ない触れあいも好ましい。しかしガユスはギギナの言葉を信用せず、ヤり足りないなら娼館にでも行けと吐き捨てる。もうこれ以上、相手をするのはごめんだと。

「ガユス」
「なんだよ」
「――好きだ」

 甘く囁きかけると物凄い顔で沈黙された。例えば自宅の扉を開けたら中にアルターが居ただとか。絶対に、有り得ないはずの事態に遭遇した時の表情。
「すっごいサービスだな。まさか普段と桁違いの請求書でも隠してるのか?」
「……何故そうなるのだ貴様は」
 憮然として相棒を睨みつけて。酷く不安気な表情に気が付く。何故それほど怯えて萎縮しているのかわからない。宥めようと頬へ手を伸ばすとビクリと身を縮められた。
 ひょっとして、自分は全く信用されていないのか。
 予想してはいたが、不本意な事実を悟ってギギナは少し不機嫌になる。
 口先で何と罵り合おうと、互いに好意があるのは解っていると、解り合っていると思っていた。その『好意』の種類が執着や独占欲を伴う依存であり、限りなく恋情に近いものだとも相互に理解していた、つもりだったのだが。ガユスはギギナの想いをまるで信じていなかったらしい。
「……ガユス」
「あ、うん、急用を思い出したから帰る。じゃ、その、また、な」
 手早く服を着ると、シャツのボタンを止めるのもそこそこに、ガユスが逃げるように立ち上がる――いや、「ように」ではなく逃げだしたのだ。理解しがたい言葉を吐くギギナから。
 ギギナが幾許かの葛藤をも覚えながら自覚した感情を、ガユスはどうあっても認められないらしい。それでは事後の戯れを拒絶したくもなるはずだ。自分だけが一方的にギギナに好意を持っていると、だからギギナに弄ばれても構わないと思っているのなら。
 どうしてやろうか迷う間に、ばたばたと大きな音を立てながら、事務所からガユスが出て行く気配がする。全く、何処へ逃げるつもりなのか。彼の自宅は此処ではなくても彼が還る場所は此処で、他に何処へも行けはしないのに。
 無駄に足掻く、青年の潔くない行動は不愉快だった。しかし開かれた窓から、眼下を脱兎の如く逃げ出していく可愛らしい獲物を見つめて機嫌を直す。アレを捕獲して躾け直す楽しみは、きっとこれまでのどんな闘争より自分を興奮させてくれる。自分がどれほど飼い主に愛されているか、愚鈍な愛玩動物に思い知らせてやらねばなるまい。
 さぁ狩りを始めよう。獲物は既に放たれた。
 この狩りの成功は、自分だけでなく彼をも満足させるはずだ。

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28:久々の断片追加。さて、ここを確認してくださる酔狂な方がどれくらいいるものか。どうもやはり、この手のすれ違いパターンが基本らしい……(06/08/08)070522改稿。

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