38:無題

 独りで置いていかれるのは嫌なのだと。
 不意に呟かれた言葉は、ぽつんと事務所に響いて消えた。
 それは、素直に心情を語ることの少ない男が吐いた、数少ない真実に思えた。

 独りになるのは嫌だ。
 苦しげに切なげに泣き出しそうに。嫌だと言いながらも、いつかその時が来ると諦めたような顔で、痛々しく口元が歪む。恐らくは柄でもない弱音を吐いたと、笑って誤魔化したつもりなのだ。そんな顔では、吐露したのが真実であると証明しているも同然なのに。
「――とうとう頭の働きまで鈍くなったようだな。もう使えるところは無いようだ、おとなしく事務職に勤しんだらどうだ」
 いつものように戯言を告げて男を煽るが、死や別離を想起させる言葉は避けておく。せめて、今日この時だけは。
「貴様のような軟弱者が、私より長生きできると思っているのか。独りになどなれるはずがない」
 いつか、死がふたりを分かつまで。
 その瞬間まで隣に居る。決して独りにはしないからと。
 孤独に死ぬという、有り得ぬと確信できる未来に怯えている男を、哀れみの視線で蔑んでおく。

 さあ、いつものように皮肉な笑みで罵声を上げるがいい。
 間を置かずに行き来する言葉遊びは永遠に続くのだと、今だけは信じて欲しい。

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38:素直に慰め?られないギギナ。(06/11/09)070823改稿。

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