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不思議の国


 引き寄せられて、くちづけられて。
 腹が立つとか気持ち悪いとかを通り越して、相棒が本当に狂ったのかと凍りついた。


  『不思議の国』


 日常茶飯事を通り越して、もはや条件反射な悪口雑言の最中の出来事だった。
 それは心底からの嫌がらせであり、意味のある会話として成り立っていなくても、一応は互いを認めた上でのコミュニケーションの一環、であったはずだ。我ながら屈折している俺はともかく、ギギナは本気で嫌っている相手と組むような酔狂とは無縁の性格だ。俺を相棒として認められぬなら、ネレトーの錆にすらせず存在を切り捨て忘れ果てて二度と思い出さないだろう。
 戦闘馬鹿で家具フェチで浪費家で女好きで、多分お互いに短所を幾らでも並べられるものの、それなりの関係を保ってはいる。馴れ合いというか、信頼というか。一応は相棒なのだから互いに得意な役割を負担しあって、ひとつの荷物を一緒に持っている関係、のはずだ。逆に言えば、ただそれだけで。友人と呼ぶにも面映い関係だ。それがなんでギギナに押し倒されてなきゃならないのか。
 あっけにとられ、呆然としている間に、無駄に慣れまくった仕草でギギナが俺の服をひっぺがしていく。ちょっと待て。何を考えてる……考える脳すら無くなったのか!? いや冗句じゃなくって、本当に洒落にならないだろう!
「離せ、ギギナ!」
「嫌だ」
 気持ちいいくらいの即答。
 じゃなくて。
 俺の命令を拒絶した男は、暴れる俺の身体をしっかりと押さえ込んでいる。体格差も筋力の差も圧倒的に不利であることを考えると、だんだん血の気が引いてくる。こいつ、なんだか本当に本気みたいなんだけど。何がしたいんだかわからない……ていうか、この体勢でするコトなんてひとつしか思いつかないんだが、それは無いだろうまさか。
 と思いたいが、それ以外にひとをソファに押し付けて、両腕を頭上で束縛して、シャツを引きちぎるようにして脱がせる理由が他にあるだろうか。このシャツは結構高かったのに……現実逃避してる場合じゃない。ギギナが再起不能なまでに発狂したのか調べるのは、まず自分が逃亡に成功してからだ。しかし頭を巡らせ武器を探すものの、さすがと言おうかヨルガもマグナスも俺の手の届かない範囲に投げ出されてしまっている。
 マズい。本当にヤバい。魔杖剣も無しにギギナの拘束から逃げ出す術があるだろうか。あったって分が悪いのに。焦りながらも打つ手が思いつかず、大きな身体の下から僅か1メルトルほど先の床に転がっているヨルガを空しく眺める。たとえ俺の手に愛剣があったとしても、ギギナに接近戦で勝てる可能性は皆無に等しい気がする。せめて罠を張る時間をハンデに寄こせといいたい。何の前触れもなく、唐突に襲ってくるとは礼儀知らずなヤツめ。
 そう。襲われる。喰われる。ヤられてしまう。女好きというのも莫迦らしくなる漁色家が、何を考えて宗旨替えしたかは不明だが、他にこの状況を的確に説明できる単語は思い出せない。とっても思いつきたいんだが優秀な俺の頭脳が混線してるだけなのを大歓迎だけど。
 混乱して逃避的思考に流れている間にも、半裸を通り越して三分の二くらいは裸に剥かれてしまう。本格的に恐慌状態に陥り暴れだす俺の顎をつかんだギギナは、潤滑に罵倒が滑り出す直前に口を塞いできた――唇で。
 典型的だが激しく間違っている口封じの方法。うっかり硬直した瞬間を狙い、唇を割って舌が入り込んでくる。歯列を確かめられ口蓋をなぞられる。追い出そうと動かした舌が、絡め取られて吸い上げられる。
「あ……んんっ…………」
 不覚にも甘ったるい声が洩れて、自分を殴り倒したくなった。うっとり酔わされてる場合じゃないだろう俺!
 しかし伊達に場数を踏んでないというか、奴のくちづけは情熱的に甘く俺を絡めとる。最近ご無沙汰だったから余計かもしれない。しゅるりと衣擦れの音がして我に返れば、意識がそちらに向いていた間にシャツはすっかり肌蹴られており、下肢までもさらけ出されていた。
 直接に肌を探ってくる指先が、ぷくりと色づくものを探り出す。そんな場所に何の用があるんでしょうか。男の胸触って何になるんだ、さっさと離せ!
 恐怖の未体験ゾーンへの突入に慄く俺の頭を、予想外に丁寧な男の手が宥めるように撫でてくる、のにもゾクリとする。
 正確にはあやすように見下ろす、その眼差しに。
 慈しまれているような、優しげな表情は反則っていうか不気味だ。ギギナさん、実は酔っ払ってるとか言いますか。酒の臭いは全くしませんが。今ならそういうコトで誤魔化してもらっても、一向に構いませんよ。
 原因が何にしろ、奴がおかしくなってるのは間違いない。このままでは美味しく頂かれてしまう。ギギナに、相棒に――どんなに力関係に差があるようでも、対等であろうと横に立ち続けようと決めた相手に。弄ばれてしまう。
 それは背筋が凍りつくような屈辱であり、絶望だった。
 いつからこんな不思議の国に迷い込んでしまったのか――身体の奥底から湧きあがる感覚に耐えようと、ぎゅっと目を閉じる。
 耳がどろどろと甘ったるい幻聴を拾い上げたが、まるで理解できなかった。

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07:ギギ→ガユでギギ←ガユな話が好きなんだよなあと思いつつ、確か最初に書きかけたヤバ目(になるはずだった)の話。070512改稿

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