お気に召したなら
押してやって下さい。

06:無題

 まどろみながら抱きしめていた男は、昼前にようやく意識を取り戻した。予想以上に時間がかかったのは、それだけ無理をさせたということか。それとも、長い間飢えていた人肌のぬくもりに包まれて安堵していたのだろうか。(そうならいい。私が隣にいるのだがら、何も心配する必要はない)
 普段は滅多に消えることがない、眉間に寄せられる不機嫌そうな皺も無く、穏やかで規則正しい寝息が洩れていた。手間隙をかけて野良猫を手懐けたような達成感がある。名も知らぬ女を相手にする時のように身体だけ高ぶるのではなく、心までも揺さぶられる感覚。ようやく手に入れた、これで本当に自分のものになったと――思っていられるのは、捻くれ者の達者な口が開かれるまでだろうが。

 眼を覚ました彼は、何故かそのまま腕の中に留まっている。溶け合う体温をもう少し感じていたかったので、声はかけなかった。生意気な口をきく男も悪くはないが、おとなしいのも可愛らしい。もちろん一番愛らしいのは、理性をかなぐり捨てて鳴いている瞬間だろうが。
 薄目を開いて確認すると、また無駄なことを考えているらしく、藍色の瞳がふらふらと彷徨って混乱を示している。時折すがるような眼差しを向けられる度に、何を求められているか思案するものの、あえて眼を開かず眠った振りを押し通した。あと少しだけ、独り悩ましておくべきだろう。如何なるものにせよ答が出るまでは。解答を先送りにするのを許しては、可能な限り逃げて向き合わずに済ませてしまう。

 追われている最中であってさえ、この男は自分が本当に望まれているという確信が持てぬらしい。
 用心深いといえば聞こえが良いが、臆病で疑り深いイキモノ。
 態度だけでは足りず、言葉で告げても信じず、絶えず気にかけてやらねばならぬ、面倒で鬱陶しい存在。
 それでもこれを唯一にと望む己自身の心も彼に負けず劣らず面倒だったが、ギギナは今までに無い執着の感情を捨てるつもりはなかった。

***********************************************************************
06:言わないとわからないことがあるのがわからない。070512改稿

TOP ▲
NEXT >>

This page is Japanese version only.
当サイト内のテキスト及び画像は、許可しているものを除き無断転載を禁じます。
Powered by Movable Type 3.33-ja